こんにちは。ラクです。
板挟みって、 本当に疲れる…
上の言い分もわかる。
現場の言い分もわかる。
どちらもわかってしまうから、
余計に、しんどい。
…そんな風に思うこと、ありませんか?

今回も、ラク・トクコ・バウの3人で
お話ししていきます!
トクコ板挟みって、結局「どっちの味方をするか」の問題やんな?



私はそこがちょっと違う気がしています



またかよ…今度はどんな理屈だよ?
板挟みは、「どちらが正しいか」の問題ではない


以前、私は海外の本社と、
現場との間に立つ
仕事をしていました。
本社側からは、
数字や戦略に基づいた
指示が降りてきます。
現場側には、
その土地ごとの事情や、
積み上げてきたやり方がある。
どちらの言い分も、
それぞれの立場に立てば、
筋が通っているんです。
顧客と社内、
という板挟みも
経験しました。


毎日のように、
海外のカウンターパートと
長い会議をして、
課題を整理し、
対応策を提示する。
その間に立って、
調整し続ける。
「辞めたい」と
思ったのは、
どちらか一方が
嫌になったから
ではありませんでした。



じゃあ何が辛かったんだよ?



それが、当時の自分にも、うまく説明できなかったんです。今日は、そこをもう少し掘ってみます。
板挟みとは、二つの「環世界」を同時に生きること


生物学に、環世界という考え方があります。
同じ場所にいても、
生き物によって
見えている世界は
まったく違う、
という考え方です。
これは人間にも当てはまります。
会社員は、オフィスにいる間は、
数字や書類、人間関係に
神経をとがらせている。
でも、家に帰れば、
そのモードは自然と消えていく。
人は、状況に応じて、
違う世界を行き来しながら
生きているんです。


普通は、
この移動は「順番」に起きます。
会社モードのあとに、
家モードが来る。
でも、板挟みという状態では、
この移動が「同時」に
起きてしまう…
そんな気がしています。



順番やなくて、同時…?



はい。ここが、ただ忙しいのとは違う部分だと思っています。
なぜ、それが「ただ忙しい」以上に消耗するのか


同時に二つの世界を
生きるということは、
単純に「仕事量が2倍」
という意味ではありません。
それぞれの世界には、
それぞれの
「正しさの物差し」が
ある。
本社という世界では、
客観的なデータと数字で
物事を説明することが、
「正しい」とされます。
現場という世界では、
相手の事情や感情に
寄り添った伝え方をしなければ、
信頼を失います。
たとえば、
納期の遅れをひとつ
説明するときでも。
本社向けには、
数字と要因分析で
淡々と報告する。
現場向けには、
状況をくみ取りながら、
言葉を選んで伝える。


同じ一つの出来事を、
まったく違う二つの物差しで、
同時に測られ続ける。
しかも、
その物差しは、
どちらも間違ってはいません。
ただ、
一致もしないんです。
これは、
タスクの多さの問題ではなく、
「自分の行動の正しさを、
何によって判定すればいいのか」が、
常に宙づりにされている状態です。
人は、
判断の基準がはっきりしていれば、
たとえ忙しくても、
それなりに前に進めます。
でも、
その基準自体が
矛盾したまま
同居していると、
一つひとつの
判断のたびに、
静かに
すり減っていく



つまり、仕事の量じゃなくて、「何が正しいか」がずっと決まらねぇまま働かされてるってことか



まさに、そういうことだと思います。
「辞めたい」という衝動の正体


ここまでの話を踏まえて、
少し踏み込んだ話をします。
哲学者の中には、
「決断」について、
こんな指摘をしている人がいます。
決断とは…
何かを決めることですよね。
でも、それって
言い方を変えると、
それまでの複雑な事情や、
矛盾した基準のすべてから、
目をつぶり、耳をふさぎ、
自分を切り離す行為です。
だから決断の瞬間は、
苦しさから解放されて、
むしろ「心地よい」
とすら言われます。



なんか難しいけど…「もうこれ以上、考えなくてもいいや」って状態になるってことやんね、たぶん💦



そうです。板挟みに疲れて「辞めたい」と思う瞬間も、
これに近いのではないかと、私は思っています。
二つの物差しの間で、
判断し続けることに
疲れ果てたとき。
「もう辞める」という
たった一つの決断に
飛び込めたら、
どれほど楽だろうと。
そう感じたことが、
私にもありました。


これは、
仕事から逃げたいという
単純な話ではありません。
矛盾した二つの基準の間で
考え続けることそのものから、
解放されたい、
という切実な欲求なんです。
ただ、
ここで少しだけ、
立ち止まってほしいとも思います。
「辞める」という
決断もまた、
別の形の思考停止に
なりうるから。
苦しさから逃げるための決断は、
一時的には楽になっても、
自分が何にすり減っていたのかを、
考えないまま
終わらせてしまうこともあります。
「辞めたい」と思う自分を、
弱いと責める必要はありません。
同時に、
その衝動に、
すぐに飛び込む必要も
ないと思うんです。



辞めるのが悪いってことじゃなくて、「なんで辞めたいのか」を、ちゃんと考えろってことか



まぁ、逃げ場が欲しくなる気持ちは、わかるけどなぁ



本当に。だからこそ、まずはその衝動の正体に、気づくことから始めたいんですよね
板挟みに疲れたあなたへ


板挟みという状況そのものは、
すぐには変えられないかもしれません。
でも、
自分がすり減っているのは、
仕事量のせいだけではなく、
矛盾した二つの基準の間で
判断し続けているからだと、
思っておくだけでも。
少しだけ、
自分を責める理由が、
減るのではないでしょうか。
二つの世界の間に
立ち続けている…
それだけで、十分



今日はこのあたりで。少しでも、肩の荷が軽くなっていたら嬉しいです。



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……まぁ、たまには自分の世界だけ見てりゃいいんだよ。








