(退社時刻を過ぎたオフィス。
ほとんどの席が空になっている。)

(トクコ:…ケンジ君…
あれは、私が心を
閉じさせてしまったんやろか。
それとも…
マナミさんの言葉のせい?
いや、どっちでもなくて…
そもそも、
ケンジ君の中にもともと
何かがあって…?
リーダーって、
難しいなぁ…)

トクコ:「…はぁ」
?:「…残業ですか?」
トクコ:「ひゃっ!!」

ケンジ:「す、すみません!
驚かせるつもりじゃ…!」
トクコ:「あ…
ケンジ君か…!
…び、びっくりした…」

ケンジ:「…残ってたんですね」
トクコ:「あ、うん…まぁね。
…ケンジ君は?」
ケンジ:「僕も…
なんか、帰れなくて」

ケンジ:「…あの」
トクコ:「うん?」
ケンジ:「今朝のこと…
ちゃんと話せなくて、
すみませんでした」
トクコ:「ちゃうちゃう、
私こそ…
なんか、変な聞き方してしまって」

(トクコ:…ほんまに、
我ながら中途半端やったわぁ…)
ケンジ:「……僕…
…なぜ動き回ってるのか、
自分でも分からなくなってきて…
っていうか…」

ケンジ:「…きっと、
役に立ちたいんですよね。
でも…
なんか最近、
空回ってるなって」
トクコ:「……うん」

(トクコ:今度は、
…急がない。)
ケンジ:「マナミさんのこと、
さっき怒らせてしまったし…
いや、
怒ってないって言ってたけど…
なんかもう、
自分が何をしたらいいか
わからなくなってくるんですよね」
トクコ:「…そうか
…しんどいよね」
ケンジ:「……え?」
トクコ:「何したらいいか分からないって、
けっこうしんどいやん」

ケンジ:「……」

トクコ:「私もそういう時期、あったから。
動けば動くほど、ズレてく感じ」
ケンジ:「…そうなんですか?」
トクコ:「うん。
なんかね、
“役に立とう”って気持ちが強すぎると、
相手が何を求めてるかより先に
自分が動いてしまうんよな」
ケンジ:「……」
トクコ:「…で、動いた後に
“違った”ってなる。
それが積み重なって、
だんだん…
怖くなってく」

ケンジ:「怖くなる…」
トクコ:「動くのが。
でも止まるのも怖い。
…みたいな」
ケンジ:「……それ、です。
まさに、僕もそれです」


(トクコ:瞬きが、増えた。
さっきまでの
“取り繕う瞬き”じゃない。
これは…
言葉が追いついてきた瞬きだ。
それに肩。
さっきまで少し前に出ていたのに、
今は…ほんの少し、落ちた。
力が、抜けてる。
…ケンジ君、今、
ちゃんとしゃべってる。
笑顔でごまかそうとしてない。)


ケンジ:「…なんか、
ちゃんと言葉にしたの、
初めてかもしれない」
トクコ:「そっか」
ケンジ:「…トクコさんって、
なんで僕の様子とか、
分かったんですか?
…普段からも、
そんな風に、色々分かるんですか?」
トクコ:「…え…
いや…
いやいやいや…
全然分かってへんよ?
私も人のこと、見すぎて、
でもうまくいかなくて、
なんでやろ~って…悩んで」

ケンジ:「それ、解決したんですか?」
トクコ:「……まだ、全然」
ケンジ:「あはは」
トクコ:「ほんまにほんまに(笑)」

ケンジ:「……あの。
じゃあ、トクコさんは
どうしてるんですか、
そういうとき」
トクコ:「…うーん。
最近、ラクくんに言われてから
ちょっと変えたことがあって」
ケンジ:「ラクさんに?」

トクコ:「うん。
“見えただけで終わらせるな“って。
でも、
私なりに思ったんやけど。
観察はしても、
介入しすぎず、
まずはただ、そこにいることも
大事なんかなって」
ケンジ:「そこに…いる?」
トクコ:「うん。
何か解決しようとか、
役に立とうとか、
そういう前に。
声はかけてみるけど、
ちょっと間を置くと言うか、
様子を見てみると言うか、
…ただ、いる」

(ケンジ:……!)

ケンジ:「…あぁ…
なんか、
それ聞いて…
ちょっと分かったような…
それに、
楽になった気がします」
トクコ:「ほんま?」
ケンジ:「はい。
…なんでかな」

(トクコ:…よかった。
今度は、心を閉じていない)
(その頃、廊下の端。
トクコたちに見えない場所で
ラクが座っている)

バウ:「…聞こえてたか?」

ラク:「……まぁ、多少は」
バウ:「トクコ、
まぁまぁ
うまくやってたじゃねぇか」
ラク:「……うん」

バウ:「…なんだ、
嬉しそうじゃねぇか」
ラク:「……そうかな」
(ラク、手帳に目を落とす)
バウ:「…その手帳、久しぶりに出したな」
ラク:「……うん」
バウ:「ケイのか」
ラク:「……
ケンジ君を見てたら…
なんか、思い出してしまってね」

バウ:「……そうか」
ラク:「役に立ちたくて、
空回って、
怖くなって。
…ケイも、そうだったのかもしれない」
バウ:「……」
ラク:「ケイが距離を置いたのも、
迷惑をかけたくなかったから、って
後から知ったけど…
あいつも、きっと
“そこにいるだけで良かった“のに
僕が…
疑いの目で見ていたのかな」
バウ:「……ラク」
ラク:「見えすぎることと、
信じることは…
ちゃんと両立できる、
ってことを…
あのときの僕が
気づいていたら…」

(ラク、手帳をそっと閉じる)
ラク:「トクコさんは…
やっぱり、違う」
バウ:「…どこが」
ラク:「見えていても、
相手の前に
ちゃんといられる」
バウ:「……お前が、
できなかったことだな」
ラク:「うん。
…僕には、できなかった」
バウ:「…でもな」

ラク:「うん」
バウ:「お前、今日、
ちゃんとそこにいたろ。
廊下で。
何もしないで、ただ」
ラク:「……はは」
バウ:「それで十分だよ」
(遠くから、
ケンジとトクコの笑い声が、
かすかに聞こえてくる)

