こんにちは!ラクです。
40代になって…
自分は、なんのために生きてるんだろう…
本当にこのままでいいんだろうか…
…そんな風に
考えてしまうこと、
ありませんか?
ラク私もしょっちゅうです。最近は少し落ち着きましたが…



えええ…💦ま、まぁ落ち着いたなら良かったけど…
今回のブログは、実は
過去3回分と関連しています。
もちろんこのブログだけでも
ご理解いただけますが、
良かったら最初から
読んでみてくださいね🌈
今回も、いつも通り
ラク・トクコ・バウの3人も
一緒にお話ししていきます!
ミッドライフクライシス


この「ミッドライフクライシス」の
言葉や現象そのものは、
新しいものでは無いはずです。
既に引退した世代の人たちも、
同様のことが言われていました。
私の場合ですが、
「ミッドライフクライシス」を
感じるきっかけになったのは、
ほうれい線やシミ💦


明らかに30代の頃とは
違った外見になってきました。
きっとそのことが、
「残りの人生の時間」を、
強制的に考えさせるキッカケに
なったんだろうなぁと
思っています。
あと、もうひとつ。
それは、かつて上司だった人が、
仕事一辺倒の人生を
歩んできたにもかかわらず…
年齢が上がってきて、
異動を言い渡された時に
しばらく立ち直れないで
いました。


かつての部下だった私にさえ、
今まで何のために生きてきたんだろう…
そんな風にこぼすように
なってきたんですよね。
私が思うに、彼はずっと
仕事に多くの犠牲を払ってきて…
それにも関わらず、
理不尽に仕事を奪われた結果…
心に穴がぽっかりと
空いてしまったかのように
なったんだろうなぁと思います。
実はちょっとワクワク?


私のような
身体的な変化だったり、
私の上司のような
外部要因の変化だったり。
ミッドライフクライシスに
直面するキッカケは、
ひとつでは無さそうです。
でも、それは案外
悪いことだけではなくて、
強烈に、
残りの人生を
考え始める、
新たな瞬間
そんな風にすら
思えています。
でも、実は
少しワクワク感すらあります。
それは何となく、
これまでの人生経験を踏まえ、
実は、
今までの人生は
もしかして何かが
間違ってたんじゃないか?
少し違う生き方は、
出来ないんだろうか?
そんな風に思えるからです。
それが私の場合、
前回のブログでお話しした、
「強制と自由の境界」です。
「強制」と「自由の境界」


私はこれまで
一日15時間働いたりなど、
なかなかしんどい思いをして
生きてきました。
時差もあり、
責任も大きい仕事だったので、
仕方ないのですが…
しかし、そのことで、
「働くこと」と
「自分の時間」
その二つの「境界線」が
分からなくなって
きている気がする
そんな風に思うことが
増えてきました。
これは私だけでは無いはず…
特にコロナ禍以降は、
働き方の大きな変化も、
色々なところで見られるように
なってきました。
- リモートワーク
- 副業
- ギグエコノミー
- リスキリング
- 会社スマホ常時携帯
- 会社用ノートPC
そういった「フリースタイル」で
働けるという現在の状況は、
確かにメリットもあります。


しかし同時に、
どこからが労働時間で
どこからが余暇なのか?
それが分からなく
なってきませんか…?
境界が無くなるとは、何なのか?


私の場合は、
海運・国際物流の仕事だけに
世界との時差もあります。
四六時中メールが入ってくるので、
ずっとスマホを見てしまうし、
会社PCも見てしまう…



会社スマホ持ってたら、ホンマずっと仕事しているのと同じやしなぁ…



リモートワークも、なんか仕事の際限がねぇしな



私も仕事柄仕方ないのですが、週末ですらスマホを定期的に見ないといけないので…
「働いている時間」と
「自分の時間」の
境目が分からず、
常に働いている気にすら
なってしまう…
そこで、ふと思うのが…
「どこでも働ける」
この環境は、
まるで
「どこでも働け」と
暗に言われて
いるようだ
別に「働け」と、
誰かに「強制」されては
いません。


しかし、
皆が「自主的に働く仕組み」を
演出しているため、
「常に働く状態」にあります。
特に最近、この傾向が
顕著になってきているため、
より、「休み」との境目が
分からなくなってきている…
そんな気がしています。
ぼやける境界の狭間で


そんな風に、
「働き方」について
強く疑問を持ったのが、
私の場合の
ミッドライフクライシスだと
思っています。
「長時間働くのが辛い」とか、
「責任が重くてしんどい」とか、
そういうことよりも、もっと、
疑問に似た感情です。
世間で主張されていることって、ヘンじゃない?



なんか良く分かんねぇけど、「騙されてた」みたいなことか?



そういった「境界が曖昧になっていく」中で、これまで「美徳」とされていたような言葉も、妙に気になるようになってきたんですよね



「当たり前」が変わってきているカンジが、あるからかなぁ…
特にそれはやはり、
「働く」ことに関する
ものが多い気がしています。
ちょっとここで、
具体例を挙げていきたいと
思います。
1. 「自己実現」系の言葉


「自分らしく生きよう」 → でも「自分らしさ」は市場が定義するのでは?
「あなたの可能性は無限大」 → だから限界まで頑張れ、働け?
「やりたいことで生きていこう」 → やりたいことが無い人はダメ?
「情熱を持って働こう」 → 情熱があれば低賃金も長時間労働も我慢すべき?
「自分の人生は自分でデザインする」 → すべては自己責任?
2. 「柔軟性」を装った言葉


「働き方は自由。あなたが選べます」 → 選択の「自由」という強制では?
「好きな時に、好きな場所で働ける」 → つまり24時間どこでも働ける状態?
「時間に縛られない生き方」 → 逆に、すべての時間が仕事になる?
「自分のペースで」 → でも成果は求められる。「ペース」は実は幻想では?
「上司はいない。あなたがボス」 → 自分を自分で管理し、追い込む責任を負わされるのでは?
3. 「成長」を強制する言葉


「常にアップデートし続けよう」 → 立ち止まることは許されない。休息は「怠け」?
「学び続けることが生き残る道」 → 学ばない者は淘汰される?
「スキルアップは自己投資」 → 短絡的な学びを助長しないか?
「成長できる環境」 → 成長しない選択肢はないのか?
「チャレンジし続けよう」 → 現状に満足することは本当に「停滞」か?
4. 「競争」を煽る言葉


「市場価値を高めよう」 → 人間が商品になる。常に値踏みされる状態?
「選ばれる人材になろう」 → 選ばれなければ価値がない?
「替えがきかない人間になれ」 → 常にパフォーマンスを示し続けるの?
「勝ち組になろう」 → 負け組への恐怖を煽り、休息を許さない?
「周りと差をつけろ」 → 連帯ではなく、孤立した中での競争?
5. 「時間効率」を絶対化する言葉


「時は金なり」 → すべての時間が生産的でなければならず、暇は「無駄」か?
「スキマ時間を活用しよう」 → 移動中も、待ち時間も、すべてを労働や学習?
「朝活で差をつける」 → 睡眠時間を削って活動することを美化?
「ながら〇〇で効率化」 → 一つのことに集中したほうが効率が良いような?
「時間がないは言い訳」 → 時間がないことを認めたうえでの検討が大切では?
6. 「個人の選択」を強調する言葉


「すべてはあなた次第」 → すべて自己責任?社会的な構造は?
「人生は選択の連続」 → 選択できない人、選択肢がない人の存在を消去?
「自分で決めた道だから」 → 「自分で決めたんでしょ?」と言って、外因的な要素は無視?
「誰のせいにもできない」 → 構造批判を封じて、個人に責任を押し付けていない?
「環境のせいにするな」 → 環境(社会構造)への考察がおろそかになるのでは?
7. SNS・インフルエンサーが使う言葉


「好きなことで生きていく」 → それができない人は「努力不足」?
「普通の〇〇が年収1000万円」 → できないあなたは「普通以下」?
「行動した人だけが変われる」 → 行動=消費や労働への誘導なのでは?
「今日から人生変えませんか?」 → 現状への不満を煽って商品やサービスに誘導してない?
「〇〇な私でもできた」 → できないあなたは「それ以下」という暗黙の比較では?
8. 企業・組織が使う言葉


「うちは家族のような会社」 → 労働時間の境界を曖昧にしてない?
「やりがいのある仕事」 → 低賃金や長時間労働を「やりがい」で相殺?
「成長できる環境を用意しています」 → つまり、成長を強制される環境なのでは?
「若手に裁量を与える」 → 責任だけ押し付けていない?
「フラットな組織」 → 上下関係が曖昧=誰もが誰をも管理する相互監視!
社会を、違った角度から見る


40代にもなると、
このようにちょっと
「斜に構えた見方」を
ついついしてしまうのかもしれませんw
ただ、
そのように考えてしまうくらい、
今まで「何か」を押し付けられ、
ひたすら生きてきた気がします。
一見すると、
これらの言葉はすべて
「励まし」や「応援」のように聞こえるものの…
実際には、ただただ、
煽られていただけなのかなと。
さらに恐ろしいのは、
私たちがこれらの言葉を
内面化してしまうことです。
つまり、
最初は外から
言われていた言葉が、
いつの間にか
自分で自分に
言い聞かせる言葉に
「もっと頑張らなきゃ」
「休んでいる場合じゃない」
「みんな頑張ってるのに」


――こうして、私たちは
自分で自分を管理し、
自分で自分を追い込むようになります。
この構造の最も巧妙な点は、
批判しにくい雰囲気を作り出すこと。
「自由」「成長」「夢」「自己実現」
――これらの美しい言葉に
包まれた強制を、
誰が批判できるでしょうか。
批判すれば、
「ネガティブ」
「やる気がない」
「成長意欲がない」
そんな風に見なされます。


こうして、私たちは
声を上げることすらできなくなり…
実は静かに、
「奴隷状態」のようなものへと
組み込まれていって
いるのかもしれません。



私としては、そういったことを考える機会が出来たこの「40代のミッドライフクライシス」は、感謝しています



でもよ、お前のそれって、ホントに「クライシス」なのか?



そうやね💦これも捉え方を変えれば、ただの「偏屈なオジサン」って思われるかもよ



…気を付けます
このブログは、
シリーズ的に続けているので、
良ければ最初からご覧ください!
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